てぃーだブログ › うちなーんちゅゆきーぬぶろぐ
ハート悲しく苦しければ泣いて涙をいっぱい流して、悲しい涙で心の中を洗い流して、日本中の悲しい涙が明るく光り輝く涙になります様に。皆に悲しさを分けて、其の苦しさが楽になれる様に支え寄り添い皆で未来へ一歩づつ歩いて行きましょう。何時の日かきっと悲しみを乗り越え、うれし涙を流し笑顔で元気になれる事を願っています!人々の優しく思う気持ちが皆さんに届きます様に、思いを、優しさを希望を未来に託して。何時も皆が気にかけていますよ、涙を拭いて、元気を出して。あしあとピンクハート    旗ハートがんばろう日本 がんばろう東北、福島 日本に笑顔を、寄り添う心あしあとピンクハート 喜納昌吉  「Nirai Pana 」CD発売記念ライブ 開催日 2012年6月15日(金)場所 Café&Live KEN's house 沖縄市 コザミュージックタウン1F 時間 開場 19:30 / 開演 20:00料金 ライブチャージ 3,000円 (税込) ※ドリンク代別 チケット購入 ★4月29日(日)一般発売開始! イープラス(ファミリーマート) ローソンチケット Lコード87386 チケットぴあ Pコード169-595 問い合わせ PMエージェンシー 098-898-1331

2012年05月18日

喜納昌吉  「Nirai Pana 」CD発売記念ライブ

喜納昌吉  「Nirai Pana 」CD発売記念ライブ
開催日 2012年6月15日(金)場所 Café&Live KEN's house
沖縄市 コザミュージックタウン1F
時間 開場 19:30 / 開演 20:00
料金 ライブチャージ 3,000円 (税込) ※ドリンク代別
チケット購入 ★4月29日(日)一般発売開始!
イープラス(ファミリーマート)
ローソンチケット Lコード87386
チケットぴあ Pコード169-595

問い合わせ PMエージェンシー 098-898-1331



人は生きる為には二つの大切なものがある、食事と精神的な安定を求める事である、忙しい世の中精神的にゆっくりできる生活も必要だ、音楽が其れを可能として呉れる、うちなーぐちにこだわりを持つ喜納昌吉ならではの歌は心を癒し優しい心にしてくれる、生で聴く彼の魂の音楽を一度体験して見るのも良いのかもしれない、心が乱れていては全て物事は上手くいかない、彼と時間を共有しゆっくりと今までの時間を見つめるのも良い。


  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:27日記

2012年05月18日

ヤンバルクイナ

 大人が喧嘩をしている時に小さな子や小動物が中に入ってくると喧嘩をしていた事が恥ずかしくなり心の中の怒りが収まる、何故この様な小さな事で怒ったのかのかと恥ずかしく思う時がある、小さな子は純粋無垢で有る、自分の行いが子供に恥じる事はないか、子供は大人を見ている。

喧嘩でも武器を使う様になるともう取り返しが付かない口喧嘩位だと良いのだが人間は変な所でプライドを持ちだし収拾が効かなくなる、相手をののしり人間性までも否定するような言葉を吐く人がいるのだが、後に成って自分の愚かさを知る事になる、沖縄の基地問題も日米に翻弄されて、しまんちゅ同士がデモや集会で口喧嘩をさせられている、自分達の縄張りに入って来て何を大声で喧嘩しているのかとヤンバルクイナが東村高江に親子で様子を見に来たと言う。



西部劇でもそうであるアメリカのカウボーイが最初から住んでいた先住民のインディアンの領地を侵略している、人の土地に土足で入って来て其処は我らの土地であると出て行けと言う、視点を変えて見るとその本質が見えて来るのだが自分達は正義であり相手は悪であると言う前提に立っているので客観的に物事を判断する事が出来ない、沖縄も山原もそうである、日本を守るためにと言って基地がある、交通が便利になる様にと山を切り開き乱開発で道路を作り其の赤土が海へ流れだす、大雨の時等は沖縄本島の至る所で陸地の血が流れ出している様で恐ろしく感じる。

ヤンバルクイナが何故南下してきたのか、人間の愚かさを認識させるために命をかけて親子で警告に来たのかもしれない、人は道具を使う事で自ら万物の霊長と自認しているが其れは人間だけの話である、他の動物が認めたわけではない、真理や真実は自然の中に存在している、彼らは我が物顔で地球を破壊し続けている人間をどう見ているのでしょう、宇宙計画もそうである破壊しつくしたら次の星を求めて逃げる手立てを考えているのであろう、植物連鎖を崩して飽食の人間だけが多くなり無駄が多くなっている、ヤンバルクイナの親子を見ると必要な分だけしか食べない彼らの体にはポケットも無く其のせいで自然の中で太っている生き物はいない、其れが自然と言うものである。

全て自然でないものは不完全である。 ナポレオン  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:14

2012年05月17日

家の中から畳が消える

 昔の家は木造で一番座、二番座、三番座、と大切な所から番号が付いていた、一番座は客間、実番座は仏間、三番座は茶の間に使われていて裏座がは家族の寝室に利用されていた、一番座と二番座は畳が敷かれてお祝いや諸行事を行う時に使われていた。

昔の畳は稲わらを使用していて、保湿性や弾力性、吸湿性、吸音効果に優れていたのだがわらを使用しているので重いのが欠点であった、夏になると畳を干ている風景を良く見かけたのだが最近はその光景を目にする事が無くなって時代の移り変わりを感じる。

時代も変わり最近はバリアフリーの影響か畳の部屋を洋風に改造しフローリングの床にする家が多くなってきた、清潔感があると言えばそれまでだが、畳間が消えてしまうのは寂しい、一番座はまだしも、とりわけ二番座の仏間までもフローリングに成って仕舞い昔の面影は何処にもない畳の弾力性や日本人なら感じる事が出来る日本間が消えていく。



県内畳業界衰退の危機とある材料の高騰や後継者不足、生活環境の変化などで畳間を敬遠する人が多くなったようだ、最近の建築から一番座が消えて部屋も壁や天井までクロス貼りが多くなってしまい、書院造の違い棚や床の間も姿を消して掛け軸をかける所も無くなっている、新しいものに飛びつくのも良いのだが少しは昔の面影も残しておかなければ日本人の心、ワビさびも消えて心の中も荒れ果てて閑散とした洋風になりはしないかと心配である、和洋折衷、便利な物が優先する時代に成って来た、部屋の間取りや昔の材料、畳の素晴らしさを感じる日本人が少なくなったように感じる、昔ながらの家を見て見れば、自然を取り入れた優れた間取りや畳敷き、節電列島、空調設備要らずの日本の家の姿がそこにあるだが。

本当に国際的というのは、自分の国を、或いは自分自身を知ることであり、外国語が巧くなることでも、外人の真似をすることでもないのである。 by白洲正子  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 22:54日記

2012年05月16日

世代交代(語り部)

 人間は何時までも生きられるものではない、時代を引き継ぐ為にも世代交代は必要である、戦争や復帰を語り継ぐ必要がある、人間は反省や検証する事も無く二度も恐ろしい戦争を行った、仲間同士で殺しあうのは人間だけで他の動物は殆どその様な事はない。

話せばわかるであろうに話し合おうとしない、敵愾心丸出しで力を誇示する為に戦争を引き起こす軍隊を保持している、知り合いの人が自衛隊に入隊し射撃訓練を行った時に物足りなさを感じ本物の人間を撃って見たいと言う衝動にかられたと言う、無ければ無いですむが武器を持てば其れを使って見たいと思うのは当然の事で有るのかもしれない人間の愚かさが其処にある、其れを使用しないようにするには携帯をしない事である、復帰40年になるがまだ戦争の為の基地は他国の基地が沖縄に存在する、基地撤去の運動は地道に行わなければいけない華やかにすれば其の事が終わったと勘違いする人が多くなる。

日本で唯一地上戦が行われた沖縄だが、その戦争を語り継ぐお年寄りが少なくなっている、復帰運動の時にはお年寄りから若者まで一つになり復帰運動を展開したのだが、その復帰運動さえも知らない若者が多くなっていると言う、過去を学ばなければ又同じ過ちが繰り返されるのは歴史が証明している。



本土の人が殆ど体験していない戦争と復帰と言う大きな出来事を沖縄の人は体験している、其れをどう後世に引き継ぐかである、世代交代する為には其の事を語り継がなければ本当の意味を知る事は出来ない、写真やニュースで見るのとは大違いである、昔ならば大家族制で何時でもお年寄りや両親から昔の事が聞けたのに核家族の世の中その様な事が出来なくなった、学校でも復帰教育がなされていると言う、戦争体験や世変わりを引き継ぐ為にも学校や家庭、部落で話し合う機会を作って行く必要がある。

戦争は常に人間の最悪の部分を引き出す。 平和な時ならあいつも普通の男だ。. 出典:シンドラーのリスト
  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 23:22

2012年05月15日

難しい問題、行動したか

 難しい問題に突き当たった時にどの様に其の問題を解決するのか、先ずその問題の本質が何かを考えなければ問題解決方法を見つける事は出来ない、どれだけ皆が議論し良い知恵を出し合ったか、難しいと言って見ぬふりをし話を聞く事もせず行動も起こす事をしない人が多い、周りのブレーンは協力的であったか、解決方法や手段、戦略は正しかったのかで決まる。

自分だけの問題ならば諦めもできようが、他人や国家間、の問題だと人によって考え方が色々有り相手を納得させなければ問題解決は不可能である、日本は島国で接する国がなく、相手の気持ちを知るすべも弱く、外交も弱いと言う、国家間の問題の解決の方法其れは外交である、難問が国家間だと余計に複雑となる人種の問題や国のメンツ等がからんで相手の事を考えずに無理強いをしてしまうが、強い国は其の事が当然の様に考えているので余計に問題を複雑にしてしまう。

復帰40周年の節目に民主党の鳩山由紀夫元首相は15日、沖縄県宜野湾市で講演し、米軍普天間飛行場(同市)の移設問題について「今でも皆さんと同じだ。最低でも県外(移設)という気持ちを果たさなければ、皆さん方の気持ちを十分に理解したとはいえない」と述べた、彼の気持ちが痛いほどわかった、国外を含む県外移設が望ましいとの認識を重ねて示した。有愛を掲げるだけあって彼は心がうちなーんちゅと一緒でちむぐくるを持っている、誰もが沖縄問題をタブー視している中最低でも県外と話した総理は彼一人である、思いはあったのだが成し遂げる事が出来なかったと話していた、責任をとり総理を辞任した、考えようによっては辺野古、普天間は無理と県民の心を一つにしたのは彼の功績なのかもしれない、その事を沖縄の人は未だ気付いていない、今までの総理大臣の中で一番沖縄の苦しさを知っていた人なのかもしれない。



今沖縄では辺野古に基地を釣るのは絶対に反対と言っている、その事を気付かせてくれたのが鳩山元総理である、名護市長も知事も辺野古に基地を作らせようと数年前までは思っていたのだ、今は殆どの人は普天間の固定化や辺野古は駄だと言う、話によると県外を模索したのだが官僚や彼のブレーンや外相までもアメリカを説得する事が出来なかった様だ。難しい問題でついて来る人がいなかったと言う、難しい問題が起こった時に何もしなければ問題は起きないが、解決しようとすると一人の力ではどうしようもない、自分の地位や名誉を考えて、行動する事をためらって仕舞う、大きな仕事をする時にはがむしゃらに突き進むことで道は開けるのだが、うちなーの苦しさを理解する事をしなく突き放して何事も無かったかのようにする、問題提起をし行動を起こしただけでも良しとしなければいけない、沖縄の意識をも変えた様に思う、誰かが犠牲に成らなければいけないのである、沖縄から総理が生まれなければ沖縄問題の根本解決はないのかもしれない。

どの内閣でも新聞紙上に発表する意見はいっこう面白くない。政治の力は実行することであって、演説する事ではないからである。 byゲーテ
  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 20:51

2012年05月14日

熱く語る

 人は自分の得意分野だと自慢げに話したがる、相手が聞いていろうが、聞いていまいが話したがる、夢の話のなるといかに厳しい夢でも叶えられると言う確信を持っている様で、言葉を遮る事が出来ない。

誰でも夢見、素晴らしい未来を描いている、どれ程の困難が待ち受けているかも知らずに其の夢は何時も夢の中では中ではハッピーエンドで物語は終わる、難しい問題は夢の中では全て解決するのである、未来を熱く語っている人の顔は輝いていて誇らしささえ感じる、現実の厳しさを感じるまでにそう時間がかかる事はないが其れでも人は夢を追いかける。

昨日友人と久しぶりに会って話をする機会が有った、沖縄の将来を憂えている彼の話は現実的で理にかなって居て反論の余地が無いほどである、一般の人は物事を大雑把に考えて判断するであろうが、たまには突き詰めて考えて見ると自分が如何に無責任に物事を考えて判断していたかが分るる、人に夢を話す時にどの様にして夢を考えるのか、テレビで実際の映像を見たり、経験していなければ夢どころではない考えることさえ不可能である、実際に現地へいき人達と話し合う事で外からは見えなかった部分が見えて来る、興味や想像力が無く其の事を実現しようと考え無ければただの絵に描いたもちで無意味である、其処に洞察力や感動があると余計に実現性が見えて来るのである、全ての武器を楽器には色あせる事はなく数年たった今も輝きを増していてる、未来永劫輝き続け真理となる事でしょう-。



彼は音楽家であり政治家でもある、どれ程の人が彼の様に沖縄、日本、世界、宇宙を考えて行動を仕様と考えているのか、彼と話をする事で彼の壮大なビジョンが見えて来る、唄の端々には彼の優しさや、思いやりの心が魂の歌として蘇って来る、実際に生でその空間を共有し歌うのを見ると沖縄の心の中の叫びが聞こえて来る、今の政治家はサラリーマン化し月給取りに成り下がっている、彼はお金は欲しくないと本気で言う、彼が本当に欲しいのは沖縄民族の幸せ、世界平和だそうで、地球規模で物事を考えている、この壮大な考えを理解するには直接話を聞く事である、彼に接し話を聞けば彼の虜になるのは見えている、人は、とりわけ政治家は度胸、先見の明、ビジョンが無ければいけない、金にこだわっている様では本物とはいえない、仕事に誇りと自信を持って居なければ人に熱く自分の壮大な計画を話す事は出来ない、何時も考える事で其の夢は実現可能な話へと進んで、人々の心の中に花を咲かす事が出来る、彼とは言わずと知れた天性の才能を欲しいままにして居る音楽家、人差し指を一本立てたポーズをし、誰の意見にも左右される事が無い強い意志と行動力を持つ男、喜納昌吉の事である、何でも話し合える(どぅしぐぁー)である。

平和は憲章や盟約だけに根ざすものではない。それは人々の心情の中に根ざすものである。 byケネディ  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 20:52日記

2012年05月13日

復帰40年

 「5.15平和行進」が行われ今日「復帰40年 5・15平和とくらしを守る県民大会」(主催・5・15平和行進実行委員会、沖縄平和運動センター)が13日、宜野湾海浜公園野外劇場で開かれた。平和行進の人を見ると若者が多いがその顔には悲壮感は漂って居ない、本土から700人以上の人が参加している様だが本当の基地負担を肌で感じた事はないでしょう。

ビデオを回しながら基地周辺を行進しているがまるでハイキング気分の様である、昔の復帰運動のさなかのデモ行進は何が何でも復帰を勝ち取り自治権や基本的人権の獲得と言う最低限の保障を勝ち取ろうと必死で有り、中年や卸よりも参加して戦争で失った物を取り返そうと厳しい日焼けした顔で行進をしていた、当時のウチナーンチュのパワーはすごい物が有った、政治家は何をするのか沖縄の道筋を示すのが政治である。

復帰40年、当時とどこが変わり何処が当時のままなのかを検証しなければいけない、声を上げる人が少なくなり基地を押し付けようとしている、飴と鞭を使い分け基地を受け入れる代わりに振興策をちらつかせて巨額の資金が投入されたのだが、生活は昔に比べて豊かになったのだがなぜそのような沖縄に関する特別行動委員会(SACO)の巨額の資金を投入したかについて考えて見る必要がある。



金を出すには其れだけの理由があるのは当然である、日本の防波堤に成れと言う事である、人は生活が裕福になると基地から派生する事件や事故の事を忘れてしまう、戦後は未だ終わっていないのにもう次の前進基地としての強化が図られている、北朝鮮のミサイル発射の問題でPAC-3の配備をしたのだが、今まで自衛隊が居なかった先島に中国からの脅威に対しても配備したいとの絶好のチャンスと防衛省は考えたのかもしれないが、平和は軍備で勝ちえる事は出来ない、今まで軍隊は戦争を起こして来たのである、平和は軍隊では勝ち取る事は出来ない、人の心の中に話し合いで平和を築くことで叶える事が出来る。

この世を動かす力は希望である。やがて成長して果実が得られるという希望がなければ、農夫は畑に種をまかない。.M.ルター  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:38日記

2012年05月12日

心意気が好き

 誰でも好きな事とには一生懸命に取り組む、スポーツでもそうである好きこそものの上手なれの言葉の様に、言いや嫌ながらやっては上手くなるどころか人に迷惑を掛けてしまう、厭であれば辞めればいいだけの事である、その物に対する心意気があるかである。

スポーツや仕事でも同じでやる気も無いのに、ただダラダラとしているのは傍目に見ても直ぐに分る、他人が上手なのをねたみ、ひがんで行えばその競技を見に来た人達はたまったものではない、お金を出してプロの技を見に来ているのに、調子が悪いと言ってやる気が無い人が多い、けがをしてはたまらないと適当に仕事をするガチンコの勝負を見に来たのに怪我を恐れる草野球よりも劣る試合も有る、プロ根性も有ったものではない。

今日の大リーグでダルビッシュ・有の試合を見たのだがアメリカの人は本当に野球が好きである一回裏に雨で二時間余りの中断が有ったのだが、誰一人帰る人はいないダルビッシュは続投をした其れが何を意味するのか素人には分からないが、中断と言うのは投手にとっては精神状態を維持し続けると言うのは大変なようである、二回に16号ソロ、四回にも17号ソロアーチを放ったハミルトンが試合後に口にしたのは、自分のことではなく先発したダルビッシュ有投手のことだった。「(約2時間の)中断の後も続投して好投した彼を誇りに思う。チームメイトはみんなそう言っているよ」と話した様だ、今日の続投がチームから信頼を勝ち得た様である、言葉の不自由を心で体で表現するダルビッシュはもうレンジャーズに無くてはならない人の様だ。



心意気とは、気立て、心映え、さっぱりした気性、物事に積極的に取り込もうとする気構えとある、ワシントン監督は「続投は彼の決断。ダブルヘッダー明けでわれわれが夜中に移動したのも知っていた。その心意気が好きだな」と絶賛。仲間の心にも響く投球で、リーグトップに並ぶ5勝目を手にした。日本人の魂、いたわりの心、仲間意識、絆がダルビッシュには備わっているのかもしれない、マウンド上の彼の自信は大リーグに挑戦する前からの練習で培われたのかもしれない、日本人でも大リーグで十分通用するのを証明する為にからは挑戦したと言う頼もしい若者が日本にはまだいる。

僕はスポーツに関しては50%の努力と39%の頭脳と1%の才能が必要だと思っています ダルビッシュ・有  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:05情報

2012年05月11日

差別

 差別と聞いて最初に思い浮かぶのはアメリカの人種差別であろう、大航海時代以降はヨーロッパ人が黒人を奴隷として酷使した。ヨーロッパ人は主に西〜中央アフリカに住む黒人を奴隷として使役してきた、エイブラハム・リンカーンが、南北戦争終戦のおよそ2年半前である1862年9月、連邦軍の戦っていた南部連合が支配する地域の奴隷たちの解放を命じた宣言をいう、沖縄の基地からの奴隷解放は何時の日になるのやら。

今のアメリカの大統領は黒人のオバマである、20世紀後半まで黒人差別があり今では考えられない様な事が当然の様に行われていた、学校、トイレもプールもの飲む水さえも黒人専用が有ったのである、アメリカの公民権運動の指導者として活躍したキング牧師が居る、自身の牧師としての素養も手伝って一切抵抗しない非暴力を貫いた。1963年8月28日に行われたワシントン大行進においてリンカーン記念堂の前で有名な“I Have a Dream”(私には夢がある)で始まる演説を行い、人種差別の撤廃と各人種の協和という高邁な理想を簡潔な文体と平易な言葉で訴えたが其の夢を見る事無く暗殺されて仕舞った。

差別とは先入観や偏見から不平等に扱う事とある、色々な差別の中で精神的な差別が一番苦しいのだはないか、日本は単一民族なので人種差別はないと思っていたが、数十年前まで入り口に沖縄人は入るべからずと言う張り紙を貼ってある食堂があったと聞いた事がある、異民族に支配されて復帰をしたものの基地問題では本土とのギャップを感じる沖縄駐留海兵隊の一部を本土に移転したいとの米側提案を日本政府は拒否したのである、何かあるごとに負担軽減と言うのだが他県の反対に会えばうやむやにしてしまう、不公平さ、差別が其処にある。

昔沖縄には白人街、黒人街と言う通りがコザ十字路を境にして南北に分かれていた、本国で人種差別をうけた黒人はコザ暴動でも沖縄の感情を理解し協力したのである、今年で復帰40年の節目に当たるのだが新聞の世論調査で本土の人達が沖縄の事を理解して何時ろ思うかの問いに63%がそうは思わないと答え、基地が減らないのは本土による沖縄への差別だと思うのかの質問に50%がその通りそうは思わないの41%を上回った、人間と言うのは悲しいものである、基地負担、被災地のがれき受け入れも大変だろうとは言うが、その受け入れは拒否しどこかが変わってくれないかと思い、口をつぐんで問題が鎮静化するのを待っている、其の事を当の本人たちはきずいているだろうに行動を起こす事をしない誰しも苦労はしたくないとでも言うのだろう、日本人の本当の素顔が見えて来る、今日の現状を瀬長亀次郎、屋良朝苗、喜屋武真栄等復帰に尽力した人達は今生きていたらどの様に思う事でしょう。



▽「瀬長の口を封じることはできても、虐げられた幾百万人の口を封じることはできない。被告瀬長の耳を閉ざすことはできるが、一般大衆の耳を閉ざすことはできない。被告瀬長の目は砕かれ盲目にされても、世界の民衆の目を砕き盲目にすることはできない。被告瀬長を投獄することはできても70万県民を閉じ込めることはできない」(1954年10月18日、人民党事件裁判に第2回公判で不宣誓陳述)  瀬長亀次郎  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:56

2012年05月10日

「婚学」講座

 昔は男女七歳にして席を同じうせず、と言う言葉が有って親しくなってはいけない、同じ敷物には座らず、食事も別々にとるというのが儒教の倫理観であった様である、1947年(昭和22年)には、教育基本法が公布され、その第5条で、『男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。』とされた。その後、特に公立学校や国立学校においては、教育上の男女の共学が原則となった。

男女共学と言うと。何と今の若者は言うのかもし知れないが、昔は学校は席を男女椅子を一緒に座る事はなかった、運動会でダンスの練習で男女が手をつなぐ事が有った、其の時に恥ずかしがってつなぐ事が出来なく短い棒で手をつなぎ事なきを得たが今の学生では考えられない事でしょう。

ある大学で「婚学」を開講した所倍率5倍の大人気だったようだ、男女共学の今の時代なのだが、コミュニケーションをとるのが増えての様である、学生は「話が続かない」「切り出し方が分らない」と言う其の事を持教えなければいけない様である、青春を謳歌すればいいのだが其の事を仕様としない、小さな時から外で皆で遊ぶ事無く、一人でゲームに興じる子が多くなっているのでしょう、考えて見るとゲームは機械に話しかける事はない、オンとオフだけ知っていればいい飽きたらオフにすれば良いだけである、男女の会話だとそうはいかないオン、オフのタイミングも毎日の会話から生まれて来るのである、話も交互に行うと言う事さえも知らない、誰か一人が喋りぱなしで他の人は相槌を打つだけに成って仕舞う、また共通の話題が無ければ話をする機会も無い、お年寄りや家族との会話がいかに大切かを物語っている。




「婚学は人生を豊かにするために必要な勉強。世の中から『婚活』が要らなくなるような学問にしたいと教授は話している、婚期も遅れている様で本人の平均初婚年齢は男性が30.5歳、女性は28.8歳で、35年前に比べ3~4歳上昇していると言う、やがて昔の様にお見合いが無ければ結婚できない若者が多くなるのかもしれない、先日小学生が高学年より低学年のクラスの人数が少ないと疑問を呈していたのだが少子化は其処まで来ている、少人数になると競争力、協調性も育たず社会に出た時に女性に話が出来ない一緒に仕事を協力して行う事が増えての人が多くなるのは目に見えている、子供は風の子外で遊ぶことで色々な社会ルールや成り立ちを学ぶのであるが今の親は忙しさにかまけて何もしようとしない、その時に成っても遅いのだが子に対する親の態度を今一度振り返って見るのも良い。

青春時代にさまざまな愚かさを持たなかった人間は、 中年になってからなんの力も持たないだろう。. J・A・コリンズ  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 20:27日記

2012年05月09日

薬づけ社会

 昔は病院が少なくよっぽどの事が無い限り病院へは行かなかった、風邪をひき熱があれば自分で治す事であった、其れでも治らなければ、母親が店から肉を買ってきてニンニクたっぷりのお汁とおかゆを食べれば風邪は魔法をかけられた様に良くなり熱も下がって来たのものである。

昔の人は殆ど病気をしなかった、どうしてか子供は風の子、何時も何時も外で遊んで自然に体が鍛えられていたからかも知れない、肉が食べたくなり風邪をひいたら肉汁や美味しい料理が食べられると幼心に思ったものである、風邪をひく事も出来ず、他の子が風邪をひいて学校を休んでいると美味しい料理を食べているだろうなと羨ましく思ったものだ、最近の子供は冷暖房完備の学校で授業を行って居るので抵抗力が落ちているのかもしれない、如何すれば子供たちが元気で外で遊び病気に成らない様な体力が出来るのか考えて見る必要がある。

数日前から風邪気味で熱は無い者の喉がひりひりして痛く咳もきついので病院へ行く事にしたのだが、先生の言う事には喉も大した事が無いので薬は処方しないという、友達の薬剤師も体力があるからお茶でうがいをすれば治るだろうと言う、薬を飲めば一発に治ると思っていたのだが薬を処方して呉れなかった、今の世の中薬に頼り過ぎる風潮があるが薬を出さない医者も珍しい、薬は万能ではない、薬に頼ることなくしっかりと食事をとり体を鍛え自分の体力で治せと言う事である。



最近の病院の薬局を出て来る患者さんを見るとまるでスーパーで買い物をして来たのかと勘違いするほど一杯の袋を抱えて出て来る、本当に其れだけの薬が必要なのかと思うが、恐らく家の中は薬で一杯の事でしょう、患者も薬を貰うと安心するらしく、多ければ多いほど良い病院と勘違いをしている、昔は病院へ行くと大金が出たのだが、今は保険が適用され少なくて済む、其のせいで大した病気でもないのにすぐに病院へ行く人が多い、救急車もタクシー代わりに使い放題、本当の急患が出た時に大変な事が起こるのを其の人達は知らない最近はお薬手帳なるものがあるのだが、患者と医者や薬剤師の意思の疎通をする為にも良いのかもしれない、手帳を見ることで病気の検証が目的だろうが患者も安心して治療を受ける事が出来安心感がある、薬漬け社会の中、薬を出さない病院が有っても良いのだはないか、考えようによっては一番安心して通院できる病院なのかもしれない、医はに仁術である、赤ひげ先生と薬剤師が身近にいた。

一切の病にみだりに薬を服すべからず。病の災より薬の災が多し。 by貝原益軒  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 20:06日記

2012年05月08日

忍耐力の勝利

 人生を生き抜くために何が必要か、勉強も然り、体力も無ければいけない、負けてなるものかと言う強い意志、知識も必要だ、一番必要な物、其れは忍耐力だと私は思っている。

其の忍耐力をどの様に養うのか、大人になってすぐに忍耐力はつかない、子供の時からこつこつ焦らずに親がしっかりと教え込まなければいけない、学校だけで其れが教えられるものではない、強制的にやると子供は嫌がり逆効果に成って仕舞う、子供の性格や能力を一番よく知っている親だから子ど出来る事である、其れにしても最近の親は子供の事を良く知らない、わがままな子供が多い、厳しくすれば反抗する其れを見て見ぬふりを親はする折角の教育のチャンスを自ら放棄している様なものだ、愛情とはわがままに子供を育てる事ではない優しさ、厳しい躾けも必要である、親の厳しさの中に愛情は内包されている。

梅雨に入り雨模様で庭はコケだらけになり、雑草も其の時とばかりに小さな時から花を咲かせて種子を増やそうとしている、彼らは自然を生き抜くすべを持っている、其の自然に挑戦し腰の痛みをこらえながら自分自身の忍耐力がどれほどあるのか挑戦し勝利をおさめた、仕事は仕事が教えて呉れた、我慢し忍耐力があれば恐れる事はない勝利した時の爽やかな気分が味わえるので何時も難しい事に挑戦をし続けているのである、人に出来て自分に出来ない事はない、自分は他人より優れていると言う強い意志も必要である、今日の新聞を見ると就活に失敗し自殺する若者が増えていると言う悲しい事である、成功とは失敗を恐れずに成功するまで挑戦し続ける事である、色々な原因があるかと思うが小さな時に我慢、忍耐力を教えてこなかったつけが社会人になる前に挫折してしまったのか、日本男子たるもの其れくらいの失敗でめげてはどうしようもない、若者の間に仲間意識が無くなった証拠かもしれない。



忍耐力を付ける方法とは、一つの事を一日中やってのける事が出来るかである、人はその面積,多さを見てやる前から恐れおののいて出来ないと考える、昔、若い時に非常に多くの仕事があり其れを一日で終わらせなければいけない時に、先輩の老人は其の仕事の方法を教えてくれた、何にも考えるなただ黙々と仕事をこなせば今日で終わると話、話が終わるか終らないかのうちに、もう仕事を始めていた、考えるだけ無駄である其の仕事を終えなければ次へ進む事が出来ない事をを知っているからこそ話す時間さえも惜しんで仕事をやり始めたのである、その人も先輩から忍耐力をどの様に生かすのか教わったのでしょうが、其の自信たるや他を寄せ付けない言葉の強さを持っていた、忍耐力とは自分自身との戦いである、其れに勝利すれば人生で何も恐れる事はない。

解決策が分らないのではない。問題が分っていないのだ  byチェスタートン  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 22:02日記

2012年05月07日

イジュの花

 ゴールデンウィーク前に沖縄は梅雨入りしたとみられると発表されたのだが、ゴールデンウィーク後半は何とか天気も持ち直し子供にとっては最高の休日になった事でしょう、又やがて梅雨のうっとおしい季節がやって来ますので天気のいい日が続く日を見計らって今までお世話になった冬物を天日干し片付ける準備も必要である。

梅雨入りした頃にイジュの花が子供の国の近くでも咲き誇り、しっとりとした潤いのある表情が山の中腹で新緑の中、白い花を一杯咲かせ、うっとおしい気分を拭き晴らしてくれた、梅雨の中休みの中、部屋の中から眺めると暑さのせいか、何となく元気が無い様に見れる、今月中旬頃にはしっとりとした花が生き生きと輝きを増した姿を見せて呉れるのかもしれない。

花は何処にも咲くわけではない、其の場所に適した所がある、イジュの花は沖縄・奄美大島に分布する木で、高さが20mにもなる常緑高木である。5月~6月に直径3cm位の白い花を開く。沖縄の梅雨入りの頃にヤンバルの森に白く映える。南限は子供の国の「いぃばるじゃん」である様だ、昔から自生している所に咲く花が一番綺麗に見える、流化にも歌われている、、「伊集の木の花やあんきょらさ咲きゆり わぬも伊集やとて真白(ましら)咲かな」(イジュの花があんなにきれいに咲いている 私もあのイジュのように真っ白に咲きたい)と歌われている。



人は自然をも変えようとする、 動植物保護の取り組みは人間の目から見て美しく見える種が優先され、醜く見える種は無視されがちな傾向があると警鐘を鳴らしている・・そんな研究結果が科学誌バイオディバーシティの2012年版に発表された。美しい醜いとは人間が決める事ではない、文明人と勘違いしている人間の美に対する価値観でしかない、美人コンテストで超美人と言われる人でも東南アジアでは美しいとは感じない太っている人が美人である様である、花も人が観賞用に手を加えて作り替えたり、花や植物さえも何処にでも咲かせようとする、其の花にとっては自分達の花が一番綺麗と思って居る事でしょう、イジュの花あは山原や、子供の国近くの山に咲いているのが自然で美しくその山に溶け込んでいる、自然を破壊してはいけない、破壊する事で人が住む所さえ狭まれてきている、其の事を考える時が来ているのを人は知らない。

我々は自然を鑑賞する事ばかりが多く、自然とともに生きようとする事があまりに少ないように思われる。 byO・ワイルド  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 19:58日記

2012年05月06日

ベネフィット(利益、恩恵)

 物事には全て相反する言葉がある、戦争に平和、積極的、消極的、ポジティブ、ネガティブ、何かしら横文字を使うと頭が良さそうに聞こえるが果たしてその意味を理解しているかである人からの受け売りで殆どの人は適当に使って居る事でしょう。

日本語さえも十分に使いこなしていない人が横文字を使いたがる、方言もそうである、日本語で表現できない独特の言い回しはうちなーんちゅだけにしか通じない、本土の人が何十年住んでいようとうちなーぐちは使いこなせない事でしょう、沖縄は基地の(ベネフィット)恩恵を受けて予算も思い通りに獲得できるとひがんでいる人が多いかと思うが基地あるが故の苦労や、苦しみ、悲しみや外人による事故や事件が日常茶飯事の様に繰り返されて、人権も有ったものではない。

ベネフィットとは、利益、恩恵とある、逆のリスクと言う言葉はよく耳にするがベネフィットと言う言葉はあまり耳にした事が無い、昨日国内で唯一、稼働していた泊原発3号機が5日深夜定期検査の為に停止し、国内にある50基の原発全てが止まった事になるが、再稼働をどうするかでもめている、街でインタビューをすると賛成派と反対派が必ずいる、福島原発事故を経験しても再稼働やむなしと言う人がいる中、節電しても良いから反対と唱える人もいる。



地元で、原発関係の仕事をして居ると反対できるわけが無い、仕事が無ければ人は生きていく糧を無くしてしまう、関係のある人は絶対反対と言う事が出来ない、電気が止まってしまえば生活に支障をきたし不自由になるのは目に見えている、また事故が起これば放射能の拡散で何十キロと被害が及ぶのが怖い、リスクは負わなければいけない、基地問題もそうだが其の事を言う人は殆どいない遠く離れた沖縄の事を重ね合わせて考えて呉れる人は少ない、がれきの問題もそうである何処か受け入れる所が無ければ復興は進む事はない、では基地を何処か受け入れてくれるかと言うと皆押し黙ってその話が通り過ぎるのを待っている、触らぬ神にたたりなしである、本土の人にとっては絆とはそういうものなのかもしれない。

有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかりする。. ジョージ・バーナード・ショー  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:59日記

2012年05月05日

自分に自信があるか

 何事もやって見なければ分らないのに、やる気の無い人や自信の無い人は尻込みし挑戦しようとしない、最近の若者は内向的な人が多くなったのかもしれない、草食系と言われるゆえんなのでしょう、日本男児たるもの自信を持って何事にも挑戦する強い心を持ってもらいたい。

情報社会の中出来ないからとか難しいとか言って居る時代ではない、時代は進歩し日々進化もしている、全てを分る必要はないがせめて自分の身の回りで起きている事を知る情報を入手する手段だけは持って欲しい、皆が出来る事であるおどおどしている暇はない、数年後スマートフォンの時代に成って仕舞うと言う、便利になり自ら考える事をしなければ時代に取り残される事になる。

宮里藍が世界に挑戦し続けている、あるスポーツ解説者が調子が悪ければ日本で闘い優勝して自信を付けるのが良いのではと話していたのだが、自分に自信があるからこそ、世界に挑戦し続けているかと思う、先日久しぶりに女子ゴルフ、LPGAロッテ選手権(LPGA Lotte Championship 2012)は21日、ハワイ州カポレイのコオリナ・ゴルフクラブで最終日が行われ、宮里藍(Ai Miyazato)は終盤6ホールで3バーディーを奪い、通算12アンダーで優勝した、試合後ハワイアンダンスを恥ずかしそうに踊っているのを見るとうちなーんちゅだなーと思う。



お金を稼ぐだけなら日本で幾らでも彼女の力ならば優勝できるのであろうが、世界一と言う夢を捨てきれないのであろう、頂点を極めた人にだけしか分らない自負心がそうさせるのかもしれない、自分だけにしかできない事が有ると感じて子供たちにも挑戦する姿を見せているのかもしれない、天皇陛下 心臓冠動脈バイパス手術 執刀した順大・天野医師 「情熱があり、粘り強い男」。3年浪人して日大医学部に入った。 高校時代に父親が心臓弁膜症の手術を受けたのが、心臓外科医を志すきっかけだったという。彼のコメントが凄い、誰ガも出来ない自分にしかできない手術だったと振り返っていた、其れだけに自信は何処から生まれて来るのか、経験と実績がそうさせるのでしょう、手術前には色々なパターンを考えてシュミレーションする様で、今度も想定内の範囲だった様で神の手と言われるゆえんでしょう、自信が力となる。

時間の価値を知れ。あらゆる瞬間をつかまえて享受せよ。今日出来る事を明日まで延ばすな。 byチェスターフィールド  

Posted by プロフィール あぎんちゅ  at 21:33日記